「夢と現(うつつ)の岸辺から」
作品にはことばが添えられています
ことばは彼女にとってスケッチ代わりなのだとか
私はことばが好きなので、まず先にことばを
それから「ことばスケッチ」から生まれいでた造形を眺め
またことば・・・と、行き来しながら漂います
彼女の作品の前では、私自身のコトバは「無」になります
ただ作品から発されるものに心をさらし、嘆息するのみ
造形物のちからを借りて、彼女のことばを咀嚼していきます
こころの奥底に向かって何かが
あるいは奥底の方で何かが
動いているのを感じるだけの物体になります
たまにこんな作品があると
こういうとこが好き~ と、覗き込んで微笑みます
でも、どのひととも目を合わせることができない私は
まん前で観ているくせに、居ないふりして
その世界を乱さないように、息をひそめます
彼女がみせてくれた夢の岸辺は
静寂で、どこかひんやりとしながらも、安らげる場所のようにみえました
ひとりではあるのですが、孤独ではないひとが
佇んだり、座り込んだり
外に向かって、あるいは何かに向かって
何かしら、願っているように、望んでいるように、みえました
夢の岸辺と思いきや、それは現(うつつ)の岸辺であったりもして・・・
観ているこちらが 「これは夢か現か」と
その間を行き来することになろうとは。。。
・・・というようなことは、
会場を離れ、私に私のコトバが戻って来てからゆるゆると、思うことでした。
猛烈に、私も私のコトバを紡ぎたくなりながら、夜道を走りました。